パリで食べたもので一番おいしかったのはじつはモロッコ料理でしかもモロッコでも食べたことのないほどのおいしさ!とモロッコ人が言ったのを聞いてとくに意味もなく感動したことがあります。
それはモロッコ人の「自国の料理なのにパリに軍配をあげる」という器のでかさに対しての感動だったのか。
だいたいパリではなに食べても高いですが、しかも高くてまずいってことも多々起こり得ますが、モロッコ料理は安くてとびきりおいしいっていう一番いいパターンなわけです。パリにはじめての、しかも数日だけの旅行する人に対していくらおいしくても中華料理を勧めたりはしないんですが、モロッコ料理はぜひ食べて帰ってほしいと言いたい。
そんなパリで、一番有名で一番おいしいと言われるモロッコ料理店というと二つほど思いつきますが、私個人としては「Le 404」だと思います。
二、三年前に作家の平野啓一郎氏も講演で訪仏した際にLe 404を、「パリで一番クスクスのおいしいレストランで、必ず訪れる」と言っていました。
もちろん賛否両論あるでしょうが、私は店の内装なども含めてこのLe 404が好きです。
パリにしては安価で、雰囲気にも料理にも満足のいく晩御飯が食べられる店だと思います。
はじめて来たのは渡仏したてのころで、このモロッコ料理店特有の荘厳さとある種のいやらしさの混在に好感を持ちました。
一緒に行った、このころ私にとって唯一パリで頼れる存在だった友人は「私、前世は中東の犬やったと思う」と真剣な顔で語るほど中東にシンパシーを感じており(モロッコが中東に含まれるかどうかはじつは微妙なところらしいのですが、気質は完全に中東だと思う)、しかもモロッコ旅行にも行ってきたばかりで、我々はこの世にある、ありとあらゆるモロッコ的なものについて存分に語り合ったのでした。昼にはモスクでミントティーを飲んでいたし、完全にアラビアン・デイだったのです。
そして隣りの席に「どえらいキレイなねえちゃんとものごっつい強面のマッチョ」というカップルが座り、じつはそのとき店側にちょっと不手際があったんですが、マッチョが呼びよせて注意したらあっという間に解決したので隣りでしめしめと小ズルくほくそ笑みました。アジア人の女が怒ってもたぶんどうにもならない状況だったので(そういうことは悲しいかなよくある)、マッチョが怒ってくれてよかったと他力本願スマイルを放ってやったんですね。
マッチョはそのあとデザートを選ぶときに彼女にだけデザートを選ばせて自分はパスしており、それを見て友人が「じつはああいうの好き」と言うのでなんのことかと思ったら、「デートで彼女には甘いもの食べさせるけど自分は食べない男の姿勢が好き」ということだったらしく、そのことについてもミントティーを飲みながら熱く討論したのはいい思い出です。
今回またそんなLe 404へやってくると、モロッカンな音楽に満ち満ちている店内を通り過ぎ……
中庭に通されました。中庭席があるなんて知らなかった!
中庭は四つぐらいのレストランに囲まれていたので、たぶん共同で使用されているではないかと思われるのですが、この中庭席の雰囲気がすごくよかったので興奮してしまいました。
パリにいてもときどきこういう気持ちになることがあるのですが、
「はじめて訪れるヨーロッパの国の、夜、自分がどこにいるのかもよくわからない路地の石畳を踏みしめながらツレを呼ぶその声が妙に響いて、私たち異邦人だね、とほうもなく異邦人だね、と一抹の寂しさとともに親密さも増す瞬間」
を呼び起こしてくれる空間でした。長過ぎてなにを言ってるのか、もはやよくわからないと思いますが。
中庭の「閉鎖されているようで上を向けばどこまでも開放的」感はいつでも私をわくわくさせてくれます。朝でも昼でも夜でも。
雰囲気がよく、突き出しのオリーブもおいしかったので料理がおそくても気になりません。
ブランコ席も素敵!スペインの映画なんかでよく見る雰囲気!……とまったく退屈しないので料理がおそくても気になりません。
気にならないけどお腹空いて行き倒れになりそうだったので、ついに店内にずかずか踏み込んで「忘れてない?」つったら忘れてました。まさかホントに忘れてるとはなー。
お待ちかねのクスクスは相変わらずおいしかったです。
クスクスがスープをあっというまに吸い込んで、たっぷりとふくらんで、口に含むとじゅわっとスープの味が広がるのです。お肉もおいしい。
そして今回、大当たりだったのはタジンでした。
鴨肉を、林檎とシナモンとアーモンドとともに煮込んだタジン。
私は「林檎とシナモン」と聞くとついそれがなんであっても頼んでしまうクセがあるのですが、今回は「タジンに林檎とシナモンてどうなんだろう……デザートじゃないんでしょ?うーん、でも抗えない!」くらいの気持ちでした。
しかしこれが!林檎効果なのかわからないけれど鴨肉がほろほろにやわらくて、シナモンの香りと林檎の甘酸っぱさがエキゾチック!そしてアーモンドがアクセントになり、素晴らしくおいしい。
「酢豚にパイナップルは許せない」という人にはたぶんダメだと思いますが、私みたいに「料理に果物はとくに歓迎されることではないけれど、まあもう入っちゃってるんならとくに許せないってほどでもないよ、食べる食べる」くらいに思ってる人なら注文して損なし。
しかしタジン鍋においてひとつだけ不満があるとしたら、あの特徴的な、タジンをタジンたらしめる「蓋」を開けたそばから持っていってしまうってことでしょうね。
「タジン鍋というのはあの“魔法陣ぐるぐる”のギップルのテントみたいなかたちを楽しみたくて注文する」という客側の注文動機の80%以上を占めるであろうその蓋をさっさと取っていってしまうなんて君ら客のニーズというのをもっと把握すべきじゃないかな!
……とか文句言う気にもならないすごく感じのよい接客してくれた兄さんは、恒例の高いところからのミントティーパフォーマンスで楽しませてくれます。
しかもおかわり注文したら、「これは僕からサービスだよ!」っていう客の心をぐっとつかむ高レベルなパフォーマンスも続けてくれるエンターティナー。
ああ、おいしかったし素敵な夜だった、といつでも思えるレストラン。
ちなみにここのトイレも赤くてちょうどよいくらいに心拍数をあげてくれます。
ハンドソープもイソップでした。良いお店の洗面所のハンドソープは必ずイソップのこのラベンダーの香りのものを置いている。(今のところ)なぜか100%そうなのです。
「その店の真の姿はトイレにある」
そう言ったのは誰であったか。きっとどこかの偉人がひとりくらいはそう言っていたはずだし、公式には言っていないとしても人生のどこかの時点でそうつぶやいたことくらいはあるに決まっているし、たとえ誰も言っていなかったとしてもそれはほんとうのことだと信じています。いつか「トイレの素敵な世界のレストラン」とかKindleにまとめて出してやろうか!
そう思うくらい飲食店におけるトイレを重要視しています。
エチゾチックで素敵なLe 404のことを書いていたらトイレの話でまとまってしまいました。
でもトイレまで素敵であってこその素敵なレストランじゃないでしょうか。スタイリッシュでアーバンな高層ビル18階にあるオルタナティブでナップサックなフレンチレストランのトイレに入ろうしてドアノブカバーかかってたらなんかヤでしょ?そういうことですよ(ムリクリ)。
Le 404
アドレス:69,rue des Gravilliers, 75003 Paris