もし私が長い人生の内で一日しかパリに滞在できないとしたら
必ずこの美しい本屋に立ち寄るでしょう。
シェイクスピア・アンド・カンパニー。
この書店の美しさは表層的なものではなく今日に至るまでの歴史と
シルヴィア・ビーチの文学への淀みない愛によるものです。
シルヴィア・ビーチがパリに住むアメリカ人作家を支援するため
この英文書専門の書店を開いたのは1919年のことです。
1921年には場所を移してしまい、そして第2次世界大戦中
1941年に閉店を余儀なくされました。
シルヴィア・ビーチは作家志望の若者を支援し
貸出文庫も用意しました(現在は閲覧のみの図書館が併設)。
常連にはそうそうたる顔ぶれ、フィッツジェラルド、スタイン
ヘミングウェイ(「移動祝祭日」で書店について言及されている)
T・S・エリオット、そしてジョイス等々。
シルヴィア・ビーチのもっとも偉大な文学的功績は
ジェイムズ・ジョイスの「ユリシーズ」を刊行したことでしょう。
当時、過激であるという理由で発禁処分を受けていたユリシーズは
1922年にこの個人書店から自費で出版されました。
シルヴィア・ビーチが単に作家志望の若者を支援しただけでなく
その眼力も文学的センスも確かな人物であったということがわかります。
シェイクスピア・アンド・カンパニーが閉店してから
約10年後、1951年に5区のセーヌ川近くに
「レ・ミストラル」という英文書専門書店が開かれます。
アレン・ギンズバーグ、ヘンリ・ミラー、ジャック・ケルアック等
ビートニク・ジェネレーションの作家たちに愛されていました。
アメリカ人ジョージ・ウィットマンによって開かれたこの書店は
1962年のシルヴィア・ビーチの死に際して彼女のエスプリを受け継ぎ
2代目シェイクスピア・アンド・カンパニーとしてその名も受け継ぎました。
今でも、作家志望の若者を支援するために
店を手伝うなどのいくつかの条件を満たせば
誰でも店の2階に泊まることが出来ます。
2階にはピアノもあり、誰でも弾くことができます。
今日はポール・オースターのニューヨーク三部作を買いました。
柴田元幸氏の翻訳でしか読んだことありません。
自らの忘却に恐れおののき
英語に馴染むため必死な日々を送っています。
本を買うと、異様に長い栞を挟んでくれ
さらに裏表紙に判子を押してくれます。
買った本に判子を押すなど
よほど価値ある書店でないと出来ないことです。
買ったばかりのTシャツにいきなりペンでサインをされたとしたら
たとえそれがジャスティン・ティンバーレイクであっても私なら怒ります。
まあジャスティン・ティンバーレイクに興味を持ったことはまだありませんが。
店員は皆一様に大変に感じが良い
……のですが、英文書専門だからかわかりませんが
どれだけフランス語で話しかけても英語でしか返って来ません。
もっといつでも英語オッケー準備万端でいなければ、あわあわしてしまう。
店内のプレートに刻まれている有名な言葉
<BE NOT INHOSPITABLE TO STRANGERS
LEST THEY BE ANGELS IN DISGUISE>
見知らぬ人に不親切にはしないこと、彼らは変装した天使かもしれない。
これこそまさにシルヴィア・ビーチの精神そのものであり
彼女がその情熱を真摯に貫いたからこそひとつの個人書店が
パリの文学的聖地と言えるまでのものになったのでしょう。
対象がなんであれ、ひたむきな愛と情熱というのは美しい。
私は普段、紫外線が紫外線がと騒いでばかりいるような女ですが
人を無条件に美しいと思うのはむさぼるように本を読んでいる姿
……だったり。
Shakespeare & Company
37 rue de la Bûcherie 75005 paris
00 33 (0) 1 43 25 40 93
年中無休 月~土 10h00-2300 日 11h00-23h00
メトロ4番線 Saint-Michel