買い物のとき日本人らしく少数点以下の小銭をキッチリ払うのが大好きな私ですが、フランスでは苦笑いされることも多々あり。
そんなほろ苦いスーパーマーケットライフに終止符を打つように、近所に新しく出来たスーパーで働く親切な兄さんはわざわざ
「細かいお金、ありませんか?」
と訊いてくれて、小銭かき集める間もにこやかに待っていてくれる。
なんて優しいの!ありがとう、兄さんに幸あれ!
と思っていたらこの間また
「細かいお金、ありませんか?」
と訊いてくれた会計は2.99ユーロ……
299円、と置き換えて考えてくださると共感を得られると思いますが、私、必死で財布をかき回しました!
かき回したけどそこまでの小銭王にはなりきれませんでしたよ!
期待に答えられなくてごめんなさい!
そんなことに日々頭を悩ませている私が足を踏み入れることなんてあまり考えられない、Faubourg Saint-Honoré通りのCHANEL様。
シャネルの香水と化粧品がすべてそろうブティックらしく、この日はどうしても試してみたい香水があったので勇気を出して、事情があって大きめのリュックを背負っていたにも関わらす入店。
私、基礎化粧品やメイクはノンケミ寄りの人間ですが、香水に関してはものすごく寛容で、しょっちゅう嗅ぎまわっています。
試してみたかったのは”LES EXCLUSIFS (レ・ゼクスクルジフ)”というあまり置いている店舗がないらしいシリーズで、調香師の友人がこのシリーズの”ボワ・デ・ジル”という香水に惚れ込んで衝動買いしていたため、気になっていました。
接客してくれた女性はものすごく丁寧に香りの説明をしてくれて
初めの香りの印象が、彼女の美しい説明をきいた後ではまた別の豊かなイメージが広がるようで、もう、天職ですね?
私はシリーズの中で”ガーデニア”という香水が気に入ったのですが
「それなら試供品を差し上げますから、ぜひ数日試してください。香水はその場で試しただけではわからないことが多いから」
と親切に美しい袋に入れて下さったのでした。
試供品なのにリボンまで付いている……!!
ここまで夢のような時間を過ごし、数日後にガーデニアを買っちゃいそうな予感に打ち震えながら
「とりあえず数日試します」
と帰ろうとすると
「あなたお化粧はぜんぜんしないの?」
突然のすっぴん指摘に我に帰らざるを得ない……
パリで、シャネルで、すっぴんだったんだ私!
「いえ、ぜんぜんじゃないのだけど、今日はたまたま朝忙しかったので日焼け止めだけぬって出かけたんです」
そんな言い訳がシャネルに通じるわけがないと知りながら……
「よかったら口紅をひとつ試して見たらどうかしら?」
急に眉間にシワを寄せて提案してくださる女性の迫力に断る勇気もなく、それでは……とココシャインのボヘムを選び、ほんとうに何年振りでしょう、ケミカル口紅を塗ることになりました。
やはり、なんといってもケミカルの発色というのは特別で美しいですよね、パッとした色合いで、つやつやしていて。
「ちょっとパウダーファンデーションを乗せて見るわね」
とこれも久しぶりにケミカルファンデ、さらにチークも乗せていただきます。
スツールにはシャネルのあのジャージー素材スーツの生地が張ってあり、とても可愛くシックな雰囲気。
しかしファンデを乗せるごとに女性の眉間のシワは深くなってゆき、ついに
「あなた、ここを見て!!」
と鏡を渡されたとき、そのシワの深さはMAXに!!
見てみると鼻の頭が少し皮が剥けている……!!
「ありえない!!これは、ノーマルじゃないわ!!」
ノーマルじゃない=アブノーマル
だとすればその言葉の逃げ道のない雰囲気に、私のハートはギュッと締め付けられるようでした。
女性はすぐさま美容液を持ってきて
「あなたは乾きすぎています。これは最先端の技術を使っていて、肌の奥の奥まで浸透し、届いた後に潤いで満たしてくれるの、本当に効くのよ!89ユーロ(うろ覚え)!!」
と薄肌にとっては恐ろしい角質培養とは真逆の道を提案。
でもシャネルにやって来ておいて
「合成界面活性剤は入っていますか?」
などとまさか訊けるわけもなく、口ごもるしかない私に
「口紅と美容液、どっちを買うの?」
とたたみかける女性……!!
「え……」
「口紅、キレイだって言ったじゃない?」
「言いました」
「では何がいけないの?」
もう、化粧品部門に移ってからずっと眉間のシワが深い……
ずっと笑ってくれない……
香水部門が懐かしい……
あの頃は僕ら幸せだったよね……
「口紅は、皮がむけることが多いので様子を見たいのです」
私が言うと
「そんなことありえないわ、最先端技術が使われているから」
”最先端技術”って”人それぞれの価値観”と同じくらいマルチな言葉ですね……
こうして約10分のやり取りのあと
「わかったわ、さようなら」
と女性に言われ完全敗北した私は肩を落としてシャネルを後にしました。
ところで鼻の皮向けについては、季節の代わり目であるとか、最近寝不足だったとか、ちょっとカフェインぶっこんでしまったとか、いろいろ言い訳はあるし、反省もするし改善もするし、開き直るつもりはまったくないのですが、それはそれとして、なぜだかしばらく化粧をしない日々が続くと、ひさしぶりにファンデーションを塗ったときに皮向けが目立つ気がします。
これは合成界面活性剤入りのクレンジング・洗顔剤を使い、丁寧にスキンケアをして、毎日フルメイクをしているときには起らないことなので不思議です。
もしかしてこの剥けている皮は肌が「厚くなりつつある」ところなのではないか、とちょっと自分に都合のよい解釈をしています。
なぜかというと、触ったときに乾燥はあまり感じないからです。
しかしミネラルファンデーションを塗っても特に皮向けが目立つことはないのでこれもまた不思議です。
季節にもよるのだけど。
さて、その夜私は粉々に砕けた硝子のハートを抱えながら、いつもより多めにクリームを塗りたくって眠りにつきました。
そして翌日、いただいた”ガーデニア”のサンプルを一振りすると、甘くフレッシュな白い花、そのクリーミーな芳香にうっとり。
これは素晴らしい香りだし、あの女性は素晴らしい説明をしてくれた。
香水部門では完璧だったし、私は数日後にきっとこの香水を買うだろう。
そのときはやはり彼女から買おう。
そう思って、ハートは元通りに修復されました。
ちなみにしっかりケアして睡眠もバッチリとったら翌朝あきらかに手触りが変わっていたので、シャネルでの私はやはり肌荒れしていたのかもしれません。
しかしもし角質培養されている方が件のシャネルのブティックに訪れることがあればそのときは、販売員との親睦は香水部門のみにとどめ
「メイクしてみない?」という提案は丁重にお断りするのが良さそうです。
こうしてお互いに傷つく心を前もってカバーしておくのが吉。
角質培養?なにそれ美味しいの?という方はもう思いっきりフルメイクしてもらってシャネルに浸ってくださいね!