ある日、ふと、ライブに誘っていただきました。
シテ・ユニヴェルシテ(Cité Universitaire)という学生寮のある駅に集合ね、と言われ、結構早く着いたので寮の中のトイレなどをお借りして待っていました。
ところで私、とてもドキドキしておりました。
なぜなら参加条件として
- 両手が使えるよう鞄はリュックサック
- 太ももまでぬれてもいい服
- ダメになっていもいい靴
- 遅刻厳禁・遅れたら置いていく
等がPDFで送られてきており、しかし最重要項目であると思われた「遅刻厳禁」は容易に破られ、私はすでに30分ほど、ひとり駅前で待ちぼうけを食らっていたからです。
そこはやはりフランス、待ち合わせ時間ぴったりにやって来てしまった私のミステイクだったのです。遅刻はこの国のマナーであると、何度も耳にタコが出来るほど言い聞かされてきたのに!
そして、初っ端からこんな感じだったので、その他の参加条件について少しなめていた感は否めません。
まさかここがスタート地点だとは……
え?
え?
え?
私が1番信じられなかったこと……それは折りたたみテーブル程度の大きさの、この穴につぎつぎ人が入って行くこと、よりも、「この状況を怖がっているのが私ひとりであった」という事実です。
みんなむしろ楽しそうに、先を争うように入って行くのです。
私はこのライブに誘ってくれた日本人男性に相談しました。ダメかもしれない、と。
彼からは
「うーん、地下でパニックになられたら、誰だよアイツ呼んだのはってことになって俺が気まずいからやめといた方がいいかもネ!」
とツンデレな答えが返ってきました。デレの部分が見当たりませんが、これはアレです、私に気を使わせないための、彼の友人としての優しさなのです!きっとそう!
でもこの時点で私は9割方、友人たちの出発を見送ったら帰るつもりでした。穴に入ったあと、うつぶせになって這って行かなくてはいけないようだったからです。想像するだに恐ろしいことです。
でも私の半生を縦横無尽にドライブしてきた、私の行動を支配しているともいえる巨大な好奇心が、タダでは帰るなと強く訴えかけてきました。
……ちょこっとだけ、入ってみたのです、一応。
すぐにへこたれて、半泣きになって飛び出そうとすると、ガイド役のリーダー(冒険野郎)にとめられました。
「おい、いったいどうしたんだ!」
私は恐ろしくてたまらない、パニックになりそうだからやめると言いました。
簡単にやめられると思っていたのです。
ところがどうでしょう、リーダー(冒険野郎)をはじめ、その他の見知らぬフランス人たちまでが、ぜったいに出来るからやってみろと私を励まし始めたのです!
これはまずいことになった、と思いました。
とりあえずもう一度入ってみました。彼らを納得させるべく、偽りのやる気をみせたのです。
すぐに飛び出し、やっぱり無理だと言いました。
「やらずにリタイアするわけではない、一度はチャレンジした結果なのだ」
というアピールに、さすがの冒険者たちも納得してくれるのでないかという腹づもりでした。
ところがリーダー(冒険野郎)は言いました。
「大丈夫、君ならきっとやれる!」
Yes, we can!
私は妄想上の地底人に対する恐怖と闘いながら、勇気を振りしぼり、うつぶせになって穴を這って行きました。すると穴を抜けたそこは、思っていたよりも少し広めの場所でした。
い……いけるかもしれない……
そのあとは鉄のハシゴをひたすら下りていきます。10メートルくらいに感じましたが、ハシゴに関しては、上からぴちゃんぴちゃんと水滴が髪をぬらすこと以外は、それほど問題ありませんでした。
そして日本人グループと合流!やった、やったよ!
梯子を降りた我々が行くのは、こんな感じの道です。
ここはパリの観光名所のカタコンブですが、普段は入ることの出来ない道を行くため、リーダー(冒険野郎)の案内なしに進むことは出来ません。2度と出てこられないことだって十分起こりうるのだそうです。十字路なども多く、一度迷ったらと思うとおそろしい。
基本的に水浸しの道ですが、水位がどんどん変わります。
はじめは足首くらいまでの水が、そのうち膝まで、太ももまで、そしてついにはお尻をも濡らしてしまう事態にみんな大喜びでした。
冒険者ばかりですから、むしろ「フォー!」等と叫んでしまうのです。
道中、日本人全員が一瞬エキサイトしてしまったこと……
それはこの地底でパリの貸し自転車ヴェリブを発見したことです!2台!いったい誰がどのような目的でどうやってここまで!だいたいヴェリブは普通の自転車よりずいぶん重いのです!
それから、この地底にまで通りのプレートが張ってあることに驚きました。
いえ、むしろ通りの名前があること自体が驚きです。
順調に進んでいくと突然濃い霧がたちこめ、私のすぐ前にいる、コーラの空ペットボトルに入れたラムをリュックから取り出してはちょいちょい飲んで、もうこの時点ではほぼ飲み干しつつあった中年男性(ハイテンション)の背中、がかろうじて見える、という事態に陥りました。
みんなわりと進むのが早く、ひとりで十字路に迷い込んだら一貫の終わりです。恐ろしかったですが、このときは集中して中年男性(ハイテンション)の後を追いました。
そしてこれほどの苦労をしてやっとたどり着いた会場がこちら。
いったいドラムセットをどうやって運んだのか、その情熱に脱帽です。
後ろの壁画は……北斎?
ライブはとっても良かったのですが、地下であるにも関わらずその喫煙率の高さに息が苦しくなります。
ここはぜったいに禁煙だと思っていたのですが、遅刻の件といい、私はまだまだフランス人に対する理解が足りないようです。
岩をテーブル的に使用している憩いの場がいくつかあり、憩う方法は喫煙オンリーなのかと思うほど煙で満ちています。
関係ないけどこの雰囲気、渡仏してからTVの再放送でハマった海外ドラマ、「バフィー~恋する十字架~」みたい。
あまりに苦しくなってしまい、そしてちょっと寒くもなってしまい、私達はリーダー(冒険野郎)に連れて帰ってもらえないか頼みました。もともとリーダーは「途中で帰りたくなったら連れて帰ってやる」と私に約束していたのです。
リーダーは
「連れて帰ってやるけど、俺このあと演奏するからそれが終わってからな!」
と言いました。
私は、私達を案内してくれた頑固一徹風のキャラクターのリーダーが、ライブ会場についた途端、フォーと叫び腰をくねらせメンバーにウォッカを注いでまわる、というキャラ替えを一瞬で行ったことに戸惑っていました。このあとって、2時間くらい後のことなんじゃないかと思ったのです。
そうこうして震えながらリーダーを待っていると、リーダーとは別のガイド役が現れたので、地上に連れて行ってもらえないか頼むと、あっさりOKが出ました。
そして来た道を戻って行ったのですが……あれ、なんだか来るときより早く着いた?
こうして来るときとは別のマンホールから出てきた全員の感想は、「来るときより楽だし、早く着いたね?」というもの。
おそらくリーダー(冒険野郎)は、より困難で長い冒険の道のりを私達に与えてくれたのでしょう、冒険者的善意によってね!
さて、このように、世界には、地下を愛する人、というのが存在するそうです。
彼らの間ではいくつかの暗黙のルール、たとえば地下では「地上での肩書について訊ねない」等があるそうです。
この世界について、友人は
「たしかに癖になる」
と言っており、私も、このアドベンチャー感は2015年にスマホでグーグルマップ使ってたら味わえないな、と思いました。
そして世の中にはとことん冒険を求めている人たちがいるものです。
私は今日、入り口でちょっとごねてしまったけど、それを誰も面倒くさがらず励ましてくれたのは、「地下を怖がるやつを克服させる」という冒険のスパイス的役割を、はからずもこの私が果たしてしまったからではないか、と思いました。
それならば私の「びびり」も無駄ではなかったということです。にくい演出をかましてしまったのです。
勇気出して行ってみて良かった……と広々とした地上に出てから思いました。
すぐ地下鉄乗りましたけどね。