日常は恋をする女の子の耳に揺れるピアスに守られている

                            

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11月13日の夜(フランス時間で)にパリで起こった悲劇についての報道をご覧になった方々より、たくさんのご心配のメールをいただきました。

ひとまず先にTwitterで安否をお知らせはしましたが、私はこのとおり無事でした。ほんとうにありがとうございました。

見も知らぬ私の身を案じてくださったこと、心からありがたく思い感謝しています。

 

私はといえば、その夜は忙殺されて外出することさえかなわず、自宅に缶詰であったため幸運にも難を逃れました。でも本来なら金曜の夜なんて高確率で外出しているし、またバタクラン劇場のあった11区はおしゃれで楽しくて、週末には気軽に友人とふらふら出かけてしまうような地区でした。邦人の被害者はいないとの報道で、フランス人の親しい人たちもみんな無事で安心しましたが、それはほんとうにただ幸運だっただけだと思わなくてはいけません。

 

事件を知ってから私がすぐにしたことは、日本の身内に無事を知らせることと、パリに住む親しい人たちの安否を確認することでした。

しかしごくごく親しい間柄でない限り、電話をかけるのも限度があり、またみんながいっせいにかけるので繋がらなかったりと、なかなか思うように事は進みませんでした。

それで一番助けになったのは「Facebook災害時情報センター」という機能でした。これは2014年10月16日に発表された、まだ比較的新しい機能で、災害時にFacebookにログインすると被害を受ける可能性のある地域に住む利用者には、「無事を知らせましょう」というようなお知らせが来ているんですね。

そこをクリックしてから「無事です」ボタンを押すと、友人関係にある人びとがそれぞれ無事を確認できるようになっていて、メッセージのやり取りも出来ます。ちなみに本人でなくても、すでに連絡を取った友人など安否を知る人が「この人無事です」と知らせることも出来ます。

この機能によって全員に連絡をとらなくてもとりあえずの安否が確認でき、これだけでもFacebookのアカウントを持っておいてよかったなと思いました。

もちろん使う機会が訪れないことの方が良いのですが……

 

すでに事件から4日が経過し、日本での報道とどのくらい温度差があるのかはイマイチ把握していないのですが、現地の様子は驚くほど静かなものです。自宅待機命令が出たといってもスーパーマーケットもカフェもだいたい開いているし、ほとんどの店が翌日の14日も営業していました。「これからパリに旅行に行くんですけど……」と心配される方からのメールもいくつかいただきましたが、おおよその美術館や観光施設は通常通り運営されていくようです。過ごし方によっては「いつもと変わらないパリ」という印象で滞在を終えられることと思います。

 

私の予想では、14日はモノプリも、カフェやレストランも臨時休業、マクドナルドとスターバックスだけがしぶしぶ開けている……という感じかな、と思っていたのですが、そんなことはまったくありませんでした。散歩する親子や、何事もなかったかのように観光する人びとも多く見られました。

これはたくましいフランス人や観光客、という話ではなく、日常というものがどのくらい強固なものであるのか、ということを示しているような気がします。

私たちは良くも悪くも手がつけられないほど巨大なシステムの中に組み込まれ、大きな流れに足を取られながら生きていて、逆らうことはほぼ不可能である、と非日常な出来事が起こるほど感じます。

流れる方向は自分で選ぶことは出来ない。自分ですべて選んでいるんだ、と信じることだけが唯一出来ることなんだというように。

 

フランス人は、

「私たちはこれからも映画にも観劇にもいく。テロなんてこわくないし恐れてなんかいない。絶対に屈しない」

というふうに言っていたりして、勇ましいなと思います。堂々とTVで語ったりもする。でも映画にも観劇にも行くのは、テロを恐れていないからではないと思います。まったく恐れないなんてことはないと思う。

私はまだ外を歩くのが少しこわいんですけれど、コーヒーとかチョコレートとか、クレープ屋の看板を見るたびにホッとします。おしゃれしてカフェで恋人と一杯飲んでる女の子とか、その子の耳で揺れるピアスを見ていると包みこまれるような安心感を得られるのです。そういった不必要なものの集積が日常なのかもしれないと感じさせるからでしょう。

ささやかで不必要なものが私たちを恐ろしい非日常から救ってくれる。

 

テロ後はさまざまな論争がそこらじゅうで見られます。

Facebookのプロフィール写真をフランス国旗に変えるのは軽薄だとか、いや軽い気持ちで変えたとしても現地の人が少しでも嬉しい気持ちになるならそれでいい、とか。

KAMIKAZEってあまりに連呼されるのでそれは不愉快だという日本人とか、いやKAMIKAZEも同じ精神性のものだというフランス人とか。

こういったことは他の国でも起きているのになぜフランスで起こったときだけこんなに大騒ぎされるのか、こんなことが日常茶飯事な国だってあるんだ、とか。

そんな論争が、まわりで沸き起こっているのを目の端に眺めながら、今はただ、生きてるって素晴らしいな、としか思えません。議論なんて好きなだけすればよいのです。こんなふうに熱い議論や紅茶の香りや妙な柄の愛らしいセーターが、私たちの日常を非日常から守ってくれるのです。薄い鎧を少しずつ身体に張り付けていくみたいに。

ただ同時に、このような論争で必要以上に声を荒げる人を見るたび、人間はどうしても自らの主張に寄りそわない人をみるとなんとかして変えようとする欲望を抑えきれないんだなあ、と不安になります。社会から争い事はなくなるまいと思ってしまうのです。

論争をしている人はそれぞれかたちはちがっても世界平和を願うのは同じだと思うのだけど、強く願うばかりに争いの渦を作り上げてしまうこともあるかもしれません。それはとても悲しいことですから。

 

次回からは通常通りのブログ記事です。

いつかは切り替えなくてはいけませんし、基本的には楽しい気持ちになるブログにしたいと思っていますので……

 

このたびの理不尽な暴力によって亡くなられた方のご冥福をお祈り申し上げます。

たとえそれがどのような巨大なシステムから生み出された暴力にせよ、いかに抗い難い暴力であったにせよ、暖かいカフェで熱っぽく語りあい、夜の街をほろ酔いでただ歩く、そんなささやかな幸福が無体に奪われることのない世界を願うばかりです。

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